3月5日の長崎新聞Web版で通信使関係の記事を拾ったので紹介したい。
タイトルは「対馬で儒学者雨森芳洲をしのぶ」
朝鮮通信使@鶏泥棒と関係の深い対馬藩の儒学者、雨森芳洲の功績をしのぶ「芳洲会」が、対馬市某町で開かれたと記事は言う。
芳洲は江戸の名門塾で新井白石らと机を並べた秀才だが、儒学者としては大した功績も無いようだ。しかし朝鮮外交で活躍、「互いに欺かず、争わず、真実をもって交わる」という「誠信外交」の精神 とやらを説いたそうで、記事ではそのことが功績であるかのように紹介されている。しかし当時それを誰かが評価したという話は伝わっておらず、現在誰かが同じように唱えたとしても、少なくとも国際関係学などの分野からは失笑を買うだろう。国家間における外交は「武器なき戦争」にも喩えられるが、雨森先生にそのような考えは微塵もなかったようである。
ちなみに、反日サヨク吉田清治の作り話を発端として、日韓の外交問題に発展した、いわゆる「従軍慰安婦」だが、当初韓国政府は、日本政府がその存在を認めてくれさえすれば外交問題にはしないとの密約を申し出たそうだ。それを信じた河野洋平という無知無能の腐れ蛆虫が、あっさりと認めて「河野談話」を発表、韓国政府はしめたとばかりに密約を破棄すると、大々的に外交問題化して騒ぎ始めた。つまり詐術を用いて強力な外交カードを手に入れたわけだが、もしこれを「誠信外交」の雨森先生が知ったらどう思ったことだろう。
また記事によれば、現地の有力者が「芳洲先生が生きていれば、東日本大震災からの復興や、沖縄県の普天間基地移設などの難題をよい結果に導いてくれたはず」 などと賞賛したそうだが、そんなわけねーだろと突っ込んでおきたい。









by お絵かき爺
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